何枚か写真を撮り、お礼を言って外に出る。スタディオン・リンブルグはスーパーやレストランを併設していて、一大ショッピングセンターになっている。日本で言うと仙台スタジアムのようなもので、結構にぎわっている。私はタクシーを探した。さすがに帰りも駅まで5キロ歩くのは勘弁してほしかった。でも見つからなかった。あちこち探したがタクシーは止まっていなかった。オランダ人はケチで有名である。タクシーには乗らずに自転車できているのかもしれない。
やむをえず歩いて駅に戻る。帰りはしんどい。5キロ程度の距離なのに駅に着くまでには1時間半もかかった。ケルクラーデ駅に着いたときには列車が発車した直後だったので、無人の駅舎で1時間待ち、次の列車で帰る。マーストリヒト駅に着いたときは午後3時を回っていた。そのまま駅前のホテルにチェックインし、少し休む。駅とスタジアムを往復するだけで10キロ歩いたことになる。歩数で言うと2万歩である。1日でここまで歩いたのは最近では記憶にない。
非常に疲れているが、これから観光に出かける。マーストリヒトは町全体が観光地で数百年前の城がそのまま残っている。マース川の川沿いを歩き、城跡を登り、ペストハウスを見て、バーで酒を飲む。3時間程度かけて町全体をくまなく歩き、ホテルに戻った。5キロは歩いたであろう。時計は夜の6時。日没の遅いオランダでも、とっぷりと日が暮れ、あたりはもう夜である。
とんでもなく疲れているが、これからサッカーの試合を見に行く。マーストリヒト対エクセルシオールの試合が午後8時から始まる。試合開始まであと2時間。私はホテルを出た。
マーストリヒトのスタジアム、デ・ジュッセルスタディオンは駅からそれほど離れていない。せいぜい1キロ程度だろうか。しかし私はもう100メートルも歩きたくないのでタクシーでいく。ちょうど駅前に止まっているので乗り込んで出発する。1キロ程度の距離をタクシーが真面目に走るか怪しいものであるが、果たしてとんでもなく遠回りして走る。気持ちがやさぐれているので、まあいいやとふんぞり返る。しばらく走ると前方に4基の照明灯が煌々と灯っているのが見えた。よかった。今日は試合がある。ゆっくりと観戦しよう。
直線距離で駅から1キロ程度のスタジアムに15ユーロ(約2000円)も払ってタクシーを降りる。目の前はサッカーチームマーストリヒトのクラブハウスである。タクシーの運転手の話だとスタジアムはこの裏らしい。私はクラブハウスの建物に沿って裏手に回った。
スタジアムに明かりは点いてなかった。チケット売り場も開いていなかった。つい、ほんのいましがたまで灯っていた照明灯も今は何故か見えない。私は不安になりながらもスタジアムと思われる建物に沿って歩いた。チケットを買いたい。中に入りたい。タクシーを降りて右に曲がり、さらに歩いて右に曲がり、もう少し歩いて右に曲がり、さらに歩いて右に曲がると元のタクシーを降りた場所に戻ってしまった。
いやな予感がする。絶望の空気が漂ってくる。例によってサポーターはいない。いくら2部でも試合開始1時間前にスタジアムが無人というのはおかしいだろう。まさか・・・まさか・・まさか・・・私の頭の思考回路がフリーズとループを繰り返す。
私はスタジアムの近くにあるマクドナルドに行った。店とチームは関係ないかも知れないが、試合があるのとないのでは、アルバイトの数が全然違うはずで、少なくともマネージャークラスは試合があるかないかは知っているはずだ。私は店に入り、アルバイトのお姉ちゃんに今日、試合はあるのかと聞いた。
彼女はあっさりと答えた。「Cancelled」
私はもう何も考えられなかった。悔しいとか残念とか、そういう感情というのが沸かなかった。条件反射的に店を出る。改めてスタジアムを見る。消えた照明塔が寂しさを増幅させる。
タクシーは出てしまっている。私は駅まで歩いて帰ることにした。スタジアムは駅の裏手にある。こういうところは概して治安が悪いのだが、なにしろ虫の居所があまりにも悪いのでかまわずドンドンあるく。絡んでくる奴がいたら張り倒してやるくらいの気持ちだった。
駅はスタジアムのすぐそばだった。スタジアム前の大通りを渡ると教会に出て、その横の道路を数百メートル程度歩くと駅についた。この程度の距離に2000円も払ったのかと思うと正直ばかばかしくなった。今、気がついたのだが私は夕飯を食べていない。そんなものを食べる余裕もなかった。ホテルに入るとシャワーを浴び、すぐに寝た。ホテルはセントラルヒーティングが入っているので暖かい。ベッドにもぐりこむと直ぐにねた。ずいぶん長い一日だった。
|