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最終日:帰国へ

わかの観戦日記
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初日
RW・エッセン - F・デュッセルドルフ(前編)
RW・エッセン - F・デュッセルドルフ(後編)

2日目
バイエルン - レバークーゼン(前編)
バイエルン - レバークーゼン(後編)

3日目日
リエージュ - ラ・ルヴィエール

4日目日
マーストリヒト-エクセルシオール

最終日
帰国へ
(←前日からの続き) 

 2月7日火曜日。今日は日本に帰る日である。前日、15キロも歩いた挙句、試合が中止となって身体も心も非常に疲れているのだが、何故か朝早く目が覚めた。仕事がピークに達しているときなど特にそうなのだが、疲れてくると睡眠が浅くなる。もう少し寝ようと思っていたのだが、寝られなくなってきたので身支度を整える。午前7時を待って階下のカフェで朝食を取る。オランダの朝は非常に遅く、まだ夜である。それでも街は既に動き出しており通勤客がカフェ前の街路をいそいそと歩いていく。

 帰りの便はアムステルダム20時15分発なので、時間は充分にある。チェックアウトまではまだ時間があるのでもう一度のスタジアムまで行って見ることにした。

 スタジアムは駅の裏手から500メートル程度しか離れていなかった。ちょうど横浜駅から東急ハンズのあたりまでである。この程度の距離に2000円近くも払ったと思うと改めて腹が立つがすべては自分自身の判断なので誰も責めるわけにはいかない。

 スタジアムはチームの事務所を兼務している。事務所の扉を開けると知的そうなおにいちゃんがパソコンを叩いている。「ハロー」と挨拶すると、ちゃんと「GoodMorning」と返事が返ってきた。ちゃんと英語が通じる。良かった。

 私は日本から来たこと、マーストリヒトの試合を見るためにこの土地に来たことを説明した。件のお兄さんは申し訳ないという表情で言った。

 「昨日のピッチはひどかった。今年のヨーロッパは非常に寒くて試合中止がかなり出ている。今度の水曜日にリーグ戦があるのだが」

 「残念ながら私は今日の便で日本に帰る。でも記念にグラウンドを見せてくれないか?」

 「写真を撮るのかい?いいよ。その通路の端から中に入れる好きなだけ撮りな」

 私は彼とちゃんと話が出来たことに感謝した。言われたとおりに通路を進むとスタジアムの中に入れたが、スタンドへは鍵がかかっていてそこから進めなかった。仕方がないので鉄格子越しにピッチとスタンドを見る。典型的なオランダ型サッカースタジアムで四方四辺の観客席は全席屋根つき。ピッチは近く見やすい。日本にこのスタジアムを持ってきたらさぞかしサポーターは自慢できるだろう。ここで観戦したかったなあ。返す返すも悔しい。

スタジアムから駅に引き返し、アイントホーフェン行きの電車に飛び乗る。これからの予定としてはアイントホーフェンからロッテルダムに抜け、フェイエノールトのスタジアム「デカイプ」を見学した後、アムステルダムから帰国する。もう予定はエンディングにかかってきている。

12時、アイントホーフェン着。ロッテルダム行きの電車は5分後に発車するが、まだ帰国まで時間がある。私はデカイプ観光は後回しにして先にFCアイントホーフェンのスタジアムに行くことにした。

アイントホーフェンは欧州でも有数のクラブ、PSVの本拠地である。ホームスタジアムであるフィリップススタディオンは今期、UEFAカップ決勝の会場にしていされているほどの大スタジアム。しかしアイントホーフェンにはもうひとつサッカークラブがある。

FCアイントホーフェン。オランダ2部のクラブである。ホームスタジアムはヤン・ローワース・スタディオン。収容人数5000人。西が丘サッカー場程度のスタジアムと考えればよい。私は大クラブとホームタウンを共有している小クラブというのはどういうものなのか見たかった。試合はやっていないがスタジアムに言ってみようと思う。

アイントホーフェン駅のインフォメーションでスタジアムの場所を聞き、タクシーで運んでいってもらう。スタジアムはアイントホーフェンの町の外、ひっそりとした住宅地にあった。併設してある体育館とスケート場が非常に立派で、スタジアムはその脇にひっそりと立っていた。なるほどね。FCアイントホーフェンのメイン事業はバスケとアイスホッケーだったのか。納得。近くに大きなサッカークラブがあれば同じ事業をしても経営は成り立たない。総合スポーツクラブは欧州の基本であるけれど、どのスポーツに力を入れるかはそれぞれ違う。多くのクラブはサッカーをメインにしているけれど、別にバスケやアイスホッケーをメインに営んでいるクラブがあっても全くおかしくないのだ。

私はクラブの事務所に行き、グラウンドを見せてくれないかと頼んだ。初老のおじさんは、「写真を撮るのかい?いいよいいよ好きなだけ撮りな」と快くピッチに入れてくれた。以降、マーストリヒトと同じ会話が続く。このスタジアムでも昨日は試合が組まれていた。しかしコンディション不良のため中止になってしまった。今年の冬はおかしい。わざわざ日本から来た私に対して申し訳なさそうに答える。写真を撮り終え、スタジアムを後にするとき、おじさんは「またきてくれよな」愛想よく見送ってくれた。私がこのスタジアムで公式戦を見る機会が今後あるのか非常に怪しいが、その好対応は気持ちは受け止めたい。

スタジアムを後にして大通りに出る。運良くアイントホーフェン中央駅行きのバス停を見つけ、待合室で待つ。バスは15分に1本程度でているのでそれほど不便ではない。ほどなくバスが来て無事駅に戻ってこれた。しかし少し困ったことがおきた。

少しけだるい。背筋に寒気が走り、頭がふらふらする。風邪を引いたようだ。帰国の日に風邪を引くことが運が良かったのか悪かったのか判断できないが、かなりまずいことになってきた。電車にのって1時間30分。列車はオランダ第二の都市ロッテルダムに到着した。

到着したのはいいのだが、身体の具合はなおのこと悪くなってきている。常備薬を少し多めに飲み、トイレの中で着替えをして待合室で安静する。デカイプのスタジアムツアーに行きたかったがこの体調ではとても無理だ。

現在、時計は14時。アムステルダム出発は20時15分。出発まで時間は相当あるが、今のうちに空港に行くことにする。すでに荷物を担いでどこかに行く、ということはできないことは充分に自覚していた。

ロッテルダムとスキポール空港との間は電車は頻発している。プラットホームでしばらく待っていくとスキポール行きの2階建て車両が来た。1時間ほど揺られ、空港に着く。チェックインをして空港内のファーストエイドボックスに行った。ドクターに事情を説明し、大きな錠剤を貰う。本当は注射の一本も打ってもらいたかったのだがさすがにそれは無理だった。しかしドクターは招待客用のリクライニングシートを私にあてがってくれた。出発までそこで休めと。私はそこに腰を下ろし、そのまま寝込んだ。

気がつくと19時を過ぎていた。3時間以上寝ていたらしい。眠気もダルさもすっかり取れていた。多分疲れていたのだろう、精神的にもガッカリしたことが多すぎた。その疲れが帰国日に一気にきたのかも知れない。でももうすぐ帰国便が出発する。日本航空の747型機は既にスポットに待機している。私はゲートに急いだ。

日航機は空いていた。乗客は半分くらいだろうか。いろいろ問題を起こして搭乗率が減っているのは知っているが、ここまでガラガラだと少し寂しい。私の3列シートの窓側であるが、隣も通路側もいなかった。離陸して夕食をとったらまた眠くなった。私は3列シートをを独り占めしてまた寝た。

気がつくと飛行機はイルクーツク上空を通過していた。朝日がまぶしい。眼下にシベリアの町が広がる。日本まであと4時間。あまり成功したとはいえない観戦ではあったがそれはそれ。またくれば良い。旅行なんて無事に帰れればすべて成功なのだ。次にヨーロッパにいけるのはいつになるかわからないけれど。

16時。成田着。成田エクスプレスに乗り19時に自宅に着いた。自宅のポストにFIFAクラブチャンピオンシップ事務局から不在通知伝票が入っていた。翌日郵便局で配達記録郵便を受け取り、開封をする。中にはワールドカップのチケット当選通知が入っていた。4ヵ月後、私はまたドイツに行くことになった。カードは日本-ブラジル戦。ちょうど夏至の日である。寒波による試合中止の恨みは晴らせるのかそれはわからない。しかし私は行ってみようと思う。歓喜の一夜を過ごせることを願いながら。

(おしまい)
 
 
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