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6月24日 最後は軽く鉄道で締める

その1:ロマンチック・ライン

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6月21日 まずは軽く鉄道から
その1:ミュングステナー橋
その2:ウッパータールの
モノレール
6月22日 決戦の日
その1:フットボール道場
その2:チケットがない!!
その3:日本-ブラジル戦
6月23日 デュッセルドルフ総領事館
デュッセルドルフ総領事館
6月24日 最後は軽く鉄道で締める
その1:ロマンチック・ライン
その2:カールスルーエのスタジアム
最終回:マインツの歓喜
 6月24日。4日目の朝が来た。ドイツで観光できるのもこの日が最後である。既に私のワールドカップは終了しているので、どこにいこうかも特に決めていなかった。そのままのんびりホテルのあるボン市内をゆっくりしていてもよかったのだけれど、最後と言うことなのでまた鉄道に乗りに行こうと思う。鉄道で始まり鉄道で終わる。これなら旅の形にはなる。さて、どこに行くか。
 ボンはライン川沿いの町である。ボン~フランクフルト間の線路はライン川に沿って走り、途中ローレライを通過する。「世界の車窓から」にも何度も出てくる世界屈指の名勝で、ロマンチック・ラインと呼ばれている。尻がかゆくなりそうな名前であるが、ここを走ってみようと思う。ロマンチックラインはフランクフルトまでだが、そこで降りてしまうのももったいないのでもう少し先に行きたい。ドイツ南部にカールスルーエという町があり、浦和レッズの永井雄一郎がユース時代をそこで過ごしている。そこに行こう。これで予定は決まった。
 午前8時40分、ハンブルグ発バーゼル行きのIC(インターシティ:特急)の客車列車が入線する。ハンブルグはドイツ北部の都市、バーゼルはドイツ南部の先、スイスの都市である。距離にして2000キロ程度はあるはずで、こういう距離を機関車が牽引する客車列車で走ることができるのは鉄道マニアとしては感無量である。日本ならば客レ(客車列車)なんて今では一部のブルートレインかイベント列車しか残っていない。最新式のICEと比べると車両は古いし遅いが、列車旅の楽しさを一番味わえるのは客車列車だと思う。
 列車はボンを出発してしばらくは酪農地帯を走る。ドイツの都市は完全な集落都市で、一つ一つの町の人口は少なく、少ない集落が固まって点在している。その集落の間は森か畑である。ひとつ一つの集落には必ず教会がある。線路近くの集落をよく見ると、どの家も古い煉瓦造りで教会も古い。家のデザインはすべての集落で統一されているため集落全体が美しさを漂わせている。それぞれが何百年も同じ時を同じ形で過ごしてきたのだなあと思う。家は歴史があって初めて家なのだと思う。「家」と「住宅」の違いは一体どこにあるのかと言えば、答えはここにあるのだろう。
 ボンを出発して30分ほどでコブレンツに着く。この町でライン川とモーゼル川が合流する。本当は・・私はコブレンツで降りてこの駅からモーゼル川沿いにルクセンブルクに行く予定だったのである。もう過ぎたことであるが、本当に惜しい。
 コブレンツからマインツまでがライン川観光のハイライトである。川に沿って古城が次から次へと現れる。車内の客は一斉にガイドブックを取りだし、車窓の外に見える城の名前をつきあわせる。私もそうする。城も美しいが川辺の町も美しい。屋根と壁の色が集落全体で統一されているのがすばらしい。所々に「HOTEL」の看板が見える。サッカー観戦を続けている限り、こうした観光地に泊まる機会はなかなかない。いろいろな名所を通過するたびに、いつも次は泊まろうと思うのだが、二度目に泊まりに来たことは一度もない。
 私の乗った列車はライン川を遡上するような形で走っている。川はだんだん細くなり、カーブが多くなる。航行する船と船の間隔が狭まってきている。ライン川は欧州屈指の主要河川で交通量が非常に多い。事故を起こさずに運行するだけでもかなり技術のいる仕事だと思う。この先にライン川随一の見所、ローレライの岩が現れる。私もわくわくしながら車窓を眺める。
 観客の一人が「ローレライ」と叫んだ。航行する船を片っ端から沈めた魔女セイレーンが住む難所にしてはごく普通の岩で、何となく札幌の時計台や高知のはりまや橋を見た気持ちにさせられる。この岩がどうかしたのかと言いたくもなるが、これは船の航行を安全にするために河川を拡張した結果で、昔は岩や砂利の浮かぶ難所だったのだろう。ある程度はやむを得ない。
ローレライ

 列車はマインツに停車する。フランクフルトに行く乗客はここで下車して乗り換える。私はさらに乗り続け、フランス国境のカールスルーエまで行く。カールスルーエまではあと2時間ほど。いいかげん飽きてくる。
 マインツを発車するとフランクフルトからきた乗客が下車した客以上に乗り込んでくる。みんな若い外国人で、それぞれの国のユニフォームを着ている。イングランド、アメリカ、スエーデン、メキシコ・・etc。共通しているのは彼らが着ているレプリカはみな決勝トーナメントに残っている国ばかりだということ。彼らにはまだ未来がある。私にはない。この違いはとてつもなく大きい。今日、私は日本代表のレプリカを着てこなかった。今日の服は横浜FCである。
 私の目の前にイングランドのレプリカを着た二人連れが座る。一人のユニはベッカム、もう一人はテリーだ。まだ20歳ぐらいだろうか。かなり若い。その若さの割には早くもアル中の気を漂わせている。イングランドの北部当たりの出身だろうか、語尾が非常になまった英語で聞いていてよくわからない。
 彼らは最初は二人同士で話していたが、そのうちチラチラと私の服を見る。彼らがどのくらいイングランド国外のサッカーの知識があるのか知らないが、Jリーグ2部のユニフォームなど見たことはあるまい。私はこんな若造に負けてたまるかという気になる。つまらない意地なのかもしれないが、サッカーなんて見栄とプライドの張り合いだ。喧嘩上等、それでいいのである。背中の「ふくしまの米」の看板は伊達ではないのだ。ニッポンの米がスコッチ野郎に舐められてはいけない。まあスコッチはイングランドではないのだが。
 隣のドイツ人サポーターが話かける。こちらは50歳くらいのいい年をしたおじさんである。「Jリーグのチーム?」「そう」「へえ・・・・・」私の袖に張ってあるJリーグのワッペンを珍しそうに見る。
 列車はマンハイムに着いた。カイザースラウテルン方面に行く客はここで降りる。再びドサドサと客が降りる。乗り込む人は少なく、車内は閑散としてきた。私は列車に乗るといつも降りたくなる方だが、このまま終点のバーゼルまで行きたくなってきた。バーゼルは2年後、ユーロ2008の試合開催都市である。しかし私はカールスルーエで降りる。マンハイムを出発して30分、列車はカールスルーエ中央駅に着いた。気温は上がりに上がり35度。太陽が燦々とさしている。これからカールスルーエSCのホームスタジアムに行くが、この暑さではかなりしんどそうだ。
続く
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