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第1節 アレマ・マラン 対 川崎フロンターレ


(マラン:インドネシア)

第4日:ブラヴィジャヤスタディオン

ACL参戦記
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第1節 アレマ・マラン-川崎フロンターレ
第1日:成田-スラバヤ
第2日:マランへ(その1)
第2日:マランへ(その2)
第3日:決戦の日
第3日:アレママラン対川崎フロンターレ
第4日:クディリへ
第4日:ブラヴィジャヤスタディオン
最終日:さようならインドネシア

第2節 川崎フロンターレ-バンコク・ユニバーシティ

第3節 全南ドラゴンズ-川崎フロンターレ

第4節 川崎フロンターレ-全南ドラゴンズ

第5節 川崎フロンターレ-アレマ・マラン

第6節 バンコク・ユニバーシティ-川崎フロンターレ

準々決勝 セパハン-川崎フロンターレ

準々決勝 川崎フロンターレ-セパハン

ACL総括

 雨はすぐに上がった。私は警官に礼を言い、スタジアムに行く。ペルシク・クディリのホームスタジアム、ブラヴィジャヤスタディオンは複合施設になっていて、テナントがぎっしり入っている。私はスタジアムを一周するようにあるいた。正門を探しピッチを見せてもらえるよう交渉するためだ。


 しかし何故か正門はない。スタジアムの裏手は高い壁に遮られていて中に入れない。近くを通りがかっている人にクラブハウスはどこか聞いてみたが、何しろ言葉が通じないのでどうにもならない。困ったなあ・・。私は一つのテナントに入った。テナントにはお兄さんが所在なさそうに座っている。ここからが勝負である。私はせいいっぱいのゼスチャーをしてピッチを見せてもらえないか頼んでみた。

 交渉は難航を極めた。お店のお兄さんにスタジアムを見学するという考えを理解してもらうのは非常に難しい(当たり前だ)。お兄さんは愛想良く「まあそこに座れ」とジュースを差し出してくれる。私はありがたくちょうだいする。ほのぼのとした空気が流れる。


 私は鞄からメモ帳を取り出した。まずサッカーコートの絵を描く。お兄さんは大きく頷く。次に「目」の絵を描き込み、サッカーコートを見渡すように矢印で線を引く。私はさらにカメラを取り出し中のグラウンドを撮影するゼスチュアをした。ここでお兄さんはそうかと手を叩いた。やっと話が通じた。そうか、スタジアムを見学したいのかと。私は大きくうなずいた。


 話は通ったのはよいが問題はどうやって中に入るか・・だ。お兄さんは単なる店子だからそこまでの権限はない。私はクラブハウスに連れて行ってくれないかと頼んだ。この辺から話はスムーズに進む。お兄さんはちょっと待ってろと携帯を取り出しなにやら話をし出した。


お兄さんは言う。「俺のバイクの後ろに乗れ。今からクラブハウスに行こう」・・「!!!!!」もちろん喜んで後ろに座る。私を乗せたバイクはクディリの町を猛スピードで駆け抜けた。


 クラブハウスはクディリの町の郊外にあった。オフィスというよりは個人の邸宅といった感じで入口に「PERSIK」とかかれてある。うす紫色の外観がかわいさを感じさせる。お兄さんは靴を脱いで入口に入り、中の人とごそごそ話す。そして私を招き入れた。恐縮しながら私も中に入る。


 案内されたのはクラブの執務室だった。対応してくれたのはチームのマネージャーとのこと。部屋にはクラブのエンブレムやトロフィーが並べてあり、威厳がある。しかし彼のの表情は親しみが持てる。まずはしっかりと手を握って挨拶する。


マネージャー「ようこそインドネシアへ」
私「昨日は残念でした」
マネージャー「・・・・・・・」(苦笑)


嫌みに受け止めてしまったかもしれない。


 私はできるかぎり簡単な英単語を使って会話を試みた。私はサッカーファンだ。ブラヴィジャヤスタディオンのグラウンドを見せてくれないか?
 これがどう伝わったのかわからない。彼は切り出した。


マネージャー「もうこのスタジアムでは試合をしない」
私「???????????」
マネージャー「新しいスタジアムはスラカルタだ」
私「???????????」


私は彼の言っていることがよくわからなかった。お互いに簡単な英語しかしゃべらないのでコミュニケーションに限界がある。しかし会話をしていくうちにだんだん理解してきた。


 一言で言ってしまうと浦和レッズとの試合はこのブラヴィジャヤスタディオンでは行わないということ。スラカルタという町で行うことだそうだ。スラカルタは一般的には「ソロ」と呼ばれている町で古都で名高い。墜落事故のあったジョグジャカルタに近い。しかしスラカルタはクディリから300キロ以上離れている。何でそんなところでやるのだ?


マネージャーの言うには、クディリは空港がないためAFCが試合の許可をしなかったそうだ。その代わりスラカルタが割り当てられたとのこと。あなた(つまり私)が浦和の試合のために事前にスタジアムを見に来たのであれば(これは誤解)、残念ながら期待に添えない。そういうことらしかった。


 私は驚いた。こんな馬鹿な話ってあるか?スタジアムの設備が国際基準に合っていないから、というのならばわかる。しかし空港がないからなんて理由になるのか?遠い十言うこともホームアウェイの有利不利になるんじゃないのか?


 私はマネージャーに「浦和戦はクディリでやりたかったですか?」聞いた。間一髪入れず彼は「当たり前だ」と切り返す。そりゃそうだろう。AFCの横暴さに改めて腹が立つ。


 それから少し彼と話した。「私は横浜から来た」「おお・・」「横浜には横浜FCというチームがある」「知っている」「マリノスというチームもある」「知っている」「私は横浜FCのほうをよく見ていてスタジアムはミツザワというところだ」「知っている。うちもミツザワでマリノスと試合をした」「実は私もその試合を観戦している」「そうか・・」


 彼はJリーグのことをよく知っていた。プロクラブを経営していれば成功モデルとしてのJリーグは勉強の対象になるのだろう。私も悪い気はしない。


 「じゃあそろそろ出発しようか」マネージャーは笑って席を立ち私をバイクの後部座席に乗せた。行きに私を乗せたお兄さんもそれに続く。バイクは猛スピードで町を走りスタジアムに戻った。いつしか雨はやみ青空が出ている。

 マネージャーはスタジアムの裏手に回ると高い壁の扉を開けた。そこがスタジアムの正門だった。横に道場がありヨガをやっている。クディリも総合スポーツクラブであることがわかる。スタジアムの係員に挨拶をして中に入れてもらう。

 マネージャーはいろいろ説明してくれた。シャワー室、更衣室、審判室。「ここでマリノスの選手達が着替えたんだよ」と説明されると、トイレは大変そうだな、と思ったりもした。

 その後、ピッチに入れてもらう。この日はユースの選手達が練習していて、グラウンドには活気があった。芝の状態もまずまずで、良いスタジアムだと思う。スタンドに固定椅子がないのはインドネシア共通のお約束で仕方ないだろう。スラカルタのスタジアムもそのはずである。
 
 
 ここで浦和戦をやらせてあげたかったなあと思う。過酷な環境の中で試合を行うのが国際試合の醍醐味なのである。相手チームにタイしてより便利な競技場、快適な競技場をあてがうのは明らかに間違っていると感じる。

 目的は達成したのでお礼を言って外に出た。マネージャーは「一緒に食事でもどうだ」と誘ってくれる。私はありがたいことと厚意に甘えた。再びバイクの後ろに乗り、繁華街の食堂で遅い昼食を取った。いろいろとサッカーのことで話をする。会話を通じさせるのは容易ではなかったが、概ね理解し合えたと思う。ビールを飲みたかったがイスラムの国なのでそれはできない。でもウナギの煮込みや鳥のスープなどマネージャーが選んでくれたものは皆おいしかった。代金くらいは払いたかったがそれも彼が負担してくれる。この国に来て甘えっぱなしのような気がする。サッカーでこの国に来なければこういう経験はできなかっただろう。

 目的はすべて達した。あとはホテルに行くだけであるが、私がまだホテルを予約していないと知ると、「安くて綺麗なところ」に案内してくれた。川沿いの清潔なモーテルで、VIPルームが15万ルピア。(約2200円)。異存はないので今日はここで泊まろ。最後に握手を市、記念写真を撮って別れた。

 案内された部屋に行き、荷物を放りだしてベッドに横たわる。途端に疲れがどっと出てきた。ヒンドゥー教徒用の酒場があると聞いて、そこに行こうと思ったが、とてもそういう気分になれなかった。気温は高いが寒気がする。フロントに毛布を持ってこさせてそのまま寝る。明日は帰国であるが、それまでに体調を戻さなければならない。異国で健康を崩すとかなりまずい。心配になってきたが、疲れが大きいのだろう。悩むまもなく眠りに陥った。
続く
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