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第3節 全南ドラゴンズ 対 川崎フロンターレ
(光陽:大韓民国)
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第1日:光陽の夜
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スタジアム周辺は騒がしかった。帰る足を持たない川崎サポーターがたむろしているのもあるが、惨敗を喫した全南のサポーターが彼らの選手バスを待ちかまえるべく競技場前に集まっていた。決して友好的とは言えない空気があたりを包む。まずフロンターレの選手バスがスタジアムを出る。川崎サポはみんな手を振る。選手も窓越しに手を振り返す。そして全南のバスも発車した。この試合の観客は大抵自家用車で来ていてそれらもどんどん出発していく。残っているのは報道陣と川崎サポ、一部の全南サポ、競技場関係者くらいである。
残った全南サポが実に不愉快そうに出口に向かっていく。ちょうど私とすれ違ったので私は握手を求めた。マフラーくらいは交換してもいいかとも思っていた。すると全南サポは思いっきり私の手を振り払い、私を突き飛ばす。その反動で私のめがねが飛んだ。日韓両方の警備が掛けよってくる。考えてみれば当然のことだが彼らには韓日友好等という言葉は微塵もない。
スタジアムにはタクシーがどんどん入ってくるが、それはみんな大会関係者のためのもので私たちは乗せてもらえない。スタジアム正門前にはバス停があって、光陽行きのバスが一時間に1、2本出ているはずなのだがこれもまた全く来ない。人はドンドンいなくなっていく。周りには帰り道の手段が見えない川崎サポーター20名ほどが残っている。みんな集まって検討する。こんな製鉄所しかない通りの中で待っているのは限界があった。
しばらくすると川崎サポーターの前にタクシーが止まり、何人かが乗れることになった。川崎サポーターの知り合いの韓国人が読んだらしかった。私たちは彼に甘え、もう4、5台呼んでもらえるようお願いした。タクシーの運転手は無線で呼んでくれた。何とかなりそうな空気が漂ってきた。私も安堵を覚える。
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川崎サポーターは行き先事に小集団を作りタクシーを待った。光陽市街、バスターミナル、順天市、光陽駅。いろいろあるがそれぞれに何人か出た。タクシーが来る度に同一方向に向かうサポーター達が乗り込む。1台あたり5人くらいは乗っただろうか。私は宿を決めていないがとりあえず光陽市内に向かうため、そちら方面のタクシーに乗り込む。一度に乗れるだけ乗るのでお互い体を凸凹にして乗る。首が痛いがそんなことを言っている場合ではない。
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タクシーは20分ほど走り光陽市バスターミナルに着いた。バスターミナル周辺は完全な市街地で人通りも多かった。ネオンを見るとほっとする。やっとアウェイから解放されたと実感できた。
中型タクシーから降りたのは私を含めて5人。うち一人がバスターミナルから最終バスに乗る。あとはそれぞれホテルに戻るだけであるがまだ夜の9時台で時間がある。みんな川崎が勝ったので気分がよい。このまま散解ではもったいないので祝勝会を上げることにした。
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韓国南部は海産物を売りにしているところが多い。釜山なんてその最たるもので、海産物市場には生きた魚をそのままさばいて食べさせてくれるところもある。光陽にもそういうところがあるらしい。みんなでそこに行くことにした。
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食堂兼市場はバスターミナルからほど近いところにあった。もう夜の10時を回っているので店の大多数はしまっているが、それでも幾つかは空いていて、感じの良いおばさんが応対してくれる。水槽で泳いでいるヒラメを捌いてもらう。その間、チゲとビールで乾杯する。ACL突破に弾みが付いたのでみんな起源がよい。こういう所に個人で来るサポーターというのはみんなそれなりに海外旅行の経験を積んでいると言うことなので、そういう話もサカナにできる。
ビールを飲み、捌いたヒラメを鍋に入れる。周りの韓国人も話に加わる。もうアウェイの空気は微塵もなかった。私は普段一人で飲み食いしているけれど、楽しかった。市場が閉まるので外に出る。私はまだホテルを予約していない。一緒に飲んだサポにホテル街を案内してもらう。光陽はビジネスホテルがないが、モーテルはある。渋谷円山町のような所に入り、2軒目で押さえることができた。ラブホテルに一人で泊まるのは少し異様かもしれないが、韓国では問題ない。値段は3万ウォン(約4000円)気にしなければ清潔で安い宿である。
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日付が代わるまでまだ間がある。サポ仲間達と2軒目を目指す。日式(日本料理)を見つけたのでそこに入りまた飲んだ。明日は帰国の日である。 |
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(続く) |