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ダマスカスはシリアの首都である。「騙すカス」ではない。「黙れカス」でもない。紀元前7000年前から存在している世界最古の都市で、町全体が世界遺産に指定されている。町は新市街と旧市街に別れていて、世界遺産なのは旧市街である。私を乗せたセルビスは旧市街と新市街のちょうど境目のところで私をおろした。さすがにメタボな男2人に囲まれて座るのは疲れる。
疲れてはいるが、まずはホテルを探さなければならない。「地球の歩き方」を見るとすぐ近くに1件ある。旧市街の入口にあたり3階がホテルらしい。見上げると確かにある。非常に古い建物で、まさか紀元前7000年前から建っている訳ではないだろうが、少し緊張する。ロビーで交渉し、シングル1600SP(約3500円)で決着。安いと思う人もいるかもしれないが、こういう国で30ドルも出せば相当清潔快適な部屋に泊まれる。このホテルはそうではなかった。ベッドメイクがされていが全体的に汚れていて、快適に過ごせるものではなかった。20代の頃なら全く気にしなかったが、40を過ぎると少し気になる。
旅行の鉄則として、部屋が気に入らないときは遠慮無く断ってかまわない、というのがあるが、妙に疲れているのでここに泊まる。複数日泊まるのならばともかく、明日はレバノンに入る予定である。今晩一晩くらいならなんとかなる。
時間はまだ12時前。実は私が午前中にダマスカスに着いたのは、ゴラン高原を見たかったというのが最大の理由である。ゴラン高原は第3次中東戦争の激戦地となった舞台で、第4次中東戦争後のイスラエル軍の撤退により管理が国連軍に移された。その跡地をシリアは観光客に開放している。それが見たかった。ゴラン高原に行くためにはシリア内務省に許可を取らなければならない。13時までに行く必要があるので午前中にダマスカスに到着したのだ。
シリア内務省までタクシーで行く。「シリア内務省」なんて現地語で言えるはずもないので行き先を伝えるのに苦労したが、なんとか捕まえて丘の上の高級住宅街に着いた。内務省はその中にある。場所がわかるか不安になったが、目の前にAK47を構えた物々しい歩哨が何人もいるのですぐにわかった。そのうちの一人を捕まえて、入域許可証の発行を願い出てみる。すると彼は無愛想な表情で本日の受付は終了した。また明日こい、とのたまう。「地球の歩き方」にかかれてあることと全然違うじゃないか。海外に行くたびにその地域の最新版を買っているのだが、少しズレが酷い。まあ地域も政治体制も西側諸国とは違うのである程度割り引いて考えなければならないのかもしれない。
さんざん苦労してダマスカスに来たのに・・・まさに騙されたカスだが仕方がない。次善の策を考える。付近の遺跡巡りをしても良かったのだが、それは後日やるとして、ダマスカスカス市内のスタジアム巡りをやってみようと思う。私は大通りに出てタクシーを止めた。
スタジアムのリストは日本を出るまでに用意した。さらにグーグルマップの衛星写真で位置もつかんでいた。あとはタクシーの運転手に行き先を告げるだけである。簡単だろう、と思っていたが、それは甘かった。シリアのタクシーの運転手は英会話どころかアルファベットすら理解できないというケースが多く、目的地に着くのにはかなり難航した。スタジアム名を告げて、オーケー、オーケーといったものの、着いたのはその名を冠した住宅地のみ。しかもどこにも競技場はなかった。また理解できないのを逆手にとってわざと遠回りするケースもあった。お金と時間を使うばかりで先に進まない。
こうなったら何としてでもたどり着いてやる。私は方法を考えた。まずタクシーを捕まえ、「ダマスカスユニバーシティ」と告げた。ダマスカス大学は市の中心部にあり、どこからでもすぐに着く。大学に着くと校内に入り、体育館前で運動している学生を呼び止めスタジアムのリストを見せた。ダマスカス大学はシリア最大の難関校なので、学生は当然英語が話せる。スポーツをしているくらいなのでスタジアムの名はすべて知っていた。私はその学生にスタジアム名をすべてアラビア文字で書いて貰い、一番近い競技場も教えて貰った。あとは再度タクシーの運転手を呼び止めて、アラビア文字のスタジアム名を見せるだけである。場所はすぐにわかった。
最初のスタジアムはアル・ファイハスタジアム。カシオン山の麓にある。正門には銃を下げた警備員が立っている。運転手は警備員に挨拶をして中に入り、私をおろした。大きなスポーツクラブだった。体育館があり、武道館があり、競技場はその奥にあった。
実は私は一抹の不安を抱えていた。ここはシリアである。社会主義国家であり、一党独裁国家であり、秘密警察があり、国を挙げてアメリカを毛嫌いしている国である。果たして見ず知らずの日本人が「ちょっとグラウンドを見せてくれませんか?」と言って通じるものだろうか?スパイと見なされて当局に通報されないだろうか?そんな気持ちがあった。
ちょうど目の前にテニスの練習準備をした女子学生がいたので声をかけてみる。「日本から来たんだけど、競技場の中を見てもいいかな?」と。ナイキのウェアを着た彼女は「ウェルカム!!」と屈託のない笑顔で私を案内してくれた。日本で見ず知らずの人にこれだけ愛想良く接することができる人はそうはいない。競技場は開放されていてグラスキーパーが芝生の手入れをしている。手を振って挨拶をしてみるとこれまた好きに見ていいよ、と身振りで堪えてくれた。凄い開放っぷりである。私は日本中の競技場を見ているけれど、その中に詰問口調で私に目的を尋たうえ、撮影禁止と言われた経験も何回かしている。いずれも公営の競技場である。どっちが秘密国家なんだという気もする。
芝生は綺麗だった。バックスタンドにアサド大統領の肖像画が掲げられているのはいかにも社会主義国家らしいが、それほど気にならない。シリア入国後、つくづく感じたことだが、市民の性格が温厚で、話しかければ愛想良く堪える人が多い。アサド大統領はアメリカから名指しでイラク武装勢力に武器供与していると非難されているけれど、旅行者の立場からすればそんなものはどうでも良い。ビジターとして安全に旅行できるのか?それだけだ。
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