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拘束される




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わかの観戦日記
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初日
中東へ

2日目
UAEの路線バス
ヨルダン入国

3日目
シリア入国
ダマスカスのスタジアム

4日目
レバノン入国
拘束される
AFCカップ

5日目
バールベック遺跡

6日目
ガンバはフェアだった
遙かなるバグダッド

7日目
シリアリーグ開幕戦
また拘束される

8日目
ヨルダンリーグ

9、10日目~最終日
さようなら中東
 振り向くと若い兵士が駆け足で詰め寄ってくる。彼は私のカメラを指さし、シャッターを押すまねをした後、私の撮影方向を指さした。よく見るとスタジアムの壁の陰に隠れて戦車がおいてあった。これを被写体として写したんだろうと受け止められたようだ。写したのはスタジアムであって戦車ではないのだが、再生してみるとしっかりと写っているので言い訳はできない。軍事関係は撮影禁止というのはこの手の国のお約束で、海外旅行をする上ではある意味常識なのだが、この配慮が足りなかったと思う。面倒なことになった。


 彼は俺についてこい、と言う。無視すると大変やっかいなことになるのは見えているのでおとなしく従う。スタジアムを四分の一周ほどすると兵士の詰め所があり、彼は上司に報告した。年の頃は30歳くらいか。襟章のマークは二個あるので階級で言えば軍曹だろうか。報告を受けた上司は困った顔をして、考え込んだ。見た目あきらかな外国人をどうやって取り調べるのか悩んでいるのだろう。それはわかる。日本の警官がレバノン人に職務質問しようとすれば同じ気持ちになるに違いない。


 まず持ち物検査をする。と言っても持ち物は手提げ袋一つだけなのですぐに終わる。カメラとパスポート、携帯電話、ガイドブック。見れば終わる。そして観光客であることは理解して貰った。英語の疎通ができないのでこれ以上、彼はどうにもならない。無線で上司を呼び出す。しばらくすると眉間にしわの寄ったベテラン兵士がやってきた。簡易軍服で肩章にマークが3つある。とすると曹長か大尉か。レバノン軍の階級構成はどうなっているのかわからないが、だいたいそんなところだろう。


 彼もまた困った顔をする。私も困った顔をする。拘束されることは別に怖くはないが、試合開始時刻が迫っている。現在15時30分。キックオフまであと30分である。時間がだんだん過ぎていく。警備の交代の時間になったのか、兵士がどやどやと戻ってきた。そのうちの何人かは英語が話せるようで私に聞いてくる。ここで取り調べが始まる。名前、国籍、生年月日、出発日、前日の宿泊地、ここに来た目的、多少口調が厳しいが、手荒なことはしていない。ただ、一般民間人からすれば軍靴、迷彩服、M16アサルトライフルの集団は威圧感を感じるのも事実である。それと試合開始が近づいている。私はこちらのほうが気になっていた。

 
  しかたがない。私はガイドブックの巻末を開いた。ベイルートの日本大使館に電話をかけて間に入ってもらうことにした。私が携帯電話を取り出し、「ジャパニーズエンバシー」と口にした瞬間、彼らの顔が変わった。彼は私からガイドブックを取り上げ、、ドントウォーリーを繰り返した。スパイ容疑で取り調べるつもりはないらしい。実際、戦車など撮ったところで軍事機密などなにもないわけで、ただの仕事なのだろう。


 しばらくするとジープが用意された。軍曹は私に乗れと言う。あーあ。連れて行かれるのか。やだなあ。試合見たかったなあ・・・・・。どこに行くのだろう。市内まで連れて行かれると絶望的だったが、幸い隣の体育館裏でジープは止まり、私を降ろした。軍曹は体育館に入り、とある個室の門を開け、敬礼した。そして私を招き入れた。


 個室の中には将校がいた。私を見ると「ウェルカム・レバノン」と笑い、握手を求めてきた。綺麗な英語を話す。肩章のマークは一つである。少尉程度に個室が与えられるわけはないので、おそらくは少佐だろう。その割には若い。30歳くらいだろうか。少佐というと、大企業の部長クラスであるが、レバノンの階級はどうなっているのか。ひょっとしたら日本の警察や自衛隊と同じで「キャリア組」なのかもしれない。たたき上げの将校ならば最前線の国境地帯かテロ対策にかり出されているはずである。平和なスタジアムの警備につくということは、大学出の幹部候補生と見たが、実際はどうだろうか。


 佐官に取り調べを受けるとはたいしたものだ。ハッハッツハ、と威張るつもりは全くなくて、早く帰してほしいのだが、仕方がない。あきらめる。彼は落ち着いて話す。「あなたが観光客であることはわかっている」「ここにきた状況を理解してほしい」「心配しないでほしい」。彼は撮った写真を自分に見せるように私に言う。件の映像を再生すると、これを消去すればそれで良し、と堪えた。目の前で消去する。他にないか、確認するとすると彼は礼を言っても一度握手を求めた。これで終わり、と言うことなのだろう。


 もう一度ジープに乗せられもとの詰め所に戻る。兵隊達が私を待っていた。みんな私の頭や肩をポンポン叩く。良かった良かった。軍曹は私をスタジアムの入口付近まで送ってくれた。「ユー・アー・エクセレント」つたない言葉で彼は言う。何がエクセレントかよくわからないが、取り調べに協力的な姿勢が評価されたのだろうか。


 スタジアムの入口につくと彼は私に握手を求め、職場に戻った。良かった。時計は3時50分。試合開始10分前だった。この試合、チームは無料でスタンド開放しているらしい。スタメン紹介のアナウンスが中から流れる。私は急いで中に入った。

(続く→) 

 
 
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